初任者の成長を感じる時期……初任研中学校国語の現場からの報告 その16

以前、教師教育学の考え方に沿って、初任研で指導した2年目の先生が、地域の授業改善の中心となっている大学教授のお褒めをいただいたという、話題を提示した。

 ここまで、顕著ではなくとも教師教育学のプログラムに沿っての初任研の取り組みは、効果を上げていると思う。

 たとえば、1年目の研究授業の最後で、どんな研究会の授業提供に出しても恥ずかしくない、と評価される先生がいた。また、1年目の終盤に、難しい学級の担任に、年度の途中であるにもかかわらず、抜擢された先生がいた。また、2年目で生徒会を任され、地域のニュースに取り上げられるような実践を行った先生もいた。

 そして、なんといっても初任研の指導教官の授業を相対化してみることのできる、授業を見る目が培われてくるのである。

 これは、ALACTサイクルに基づくリフレクションの繰り返しによって、育ってくる力だと思う。

 これを繰り返すことで、示範授業→初任者の実践の流れが、一緒に授業をつくるという方向に移行していく。

 ここ2年間を振り返ると、初めから示範授業は無しにしてもいいのかもしれないとか、示範授業と自分の実践を比較することでリフレクションしやすくなるのかなとか、揺れる感じである。

 しかし、初任者の内発意的な開発を考えるなら後者であろう。ただ、初任者によっては外的な評価に目が行ってしまう傾向の人もいるので、ケースバイケースで臨むのがよいのだろうと思う。

 この見極めであるが、「現代的な諸課題」に対して、普段ニュースや一般的な啓発本に載っているような回答をしてくる初任者は外的な面を気にする人なのだろうと考えている。

 少しでも、自分の経験や生活実感に基づく発言があると、自分なりの考えで迫ろうとしているのかな、という思いになる。

 ともかく、「教師のリフレクション」による、初任者研修の深まりは確かな手ごたえとしてある。

 そろそろの終了のこの時期には、「先生の取り組みで学習集団がここまで出来上がってきています」という、励ましが可能になってくる。

 つまり、学習集団がとても良い具合に回っていくのだ。学習集団が機能し始めるといってよいかもしれない。安心して、生徒たちが話し合いをしている姿や、学習へ向かう姿勢が安定してくるのが見える。

 こうなると、初任研指導の役割が終盤になってきたなと思う。

 以前ならば、こうした状態は、特定の条件の教師にしかやってこないと思っていたのだが、ここ2年程の経験は、かなり多くの、いや、ほとんどの初任者に訪れるといってよいことを教えてくれている。